淡路町2丁目界隈の今昔 その11 ホテル聚楽と須田町食堂

 現在淡路町2丁目にあるホテル聚楽ですが、その前身は「須田町食堂」でした。

 関東大震災直後の大正13年(1924) 創業者・加藤清二郎(せいじろう)が26歳の時、第1号店となる「須田町食堂」を万世橋駅近くに開店しました。看板には「簡易食堂」ののれんが掲げられました。

 何か商売を始めようと新潟から上京していた加藤は、急激に変化していく日本の生活環境に対して外食する場が少ないことに着目。「関東大震災後の復興には、安くて気軽に入れる食堂が必要だ」という信念のもと、食堂ビジネスに狙いを絞りました。「須田町食堂」の人気メニューはカレーライスにコロッケ、ハヤシライス、そして牛カツレツなどで、庶民でも入りやすく、他店より安く清潔な店舗で珍しかった洋食を提供し、瞬く間に人気店になりました。そして店舗を立て続けに開店していきます。

 昭和2年(1927) 本郷、神保町、亀沢、神楽坂に開店。急速に店舗展開するなか、店舗を統括する本部であり、一括して仕入れと仕込みを行える“セントラルキッチン”を神田淡路町の現在のホテル聚楽の位置に設けました。

 昭和9年(1934) 「株式会社 聚楽」設立。「聚楽」は、従業員から公募し、「人々が集まって楽しむこと」という意味でした。

 昭和20年(1945) 太平洋戦争終結。GHQ占領政策開始。太平洋戦争終結時の残存店舗は5店舗まで減っていました。

 昭和56年(1981)には淡路町2丁目にあった本部を現在のホテル聚楽に立て替えました。

 平成18年(2006) 秋葉原に「須田町食堂 秋葉原UDX店」開店。聚楽創業当時のレトロな下町の洋食店を再現しました。

 令和6年(2024) 3月10日で創業100周年を迎え、記念事業として、『須田町食堂 秋葉原UDX店』などで創業当時の人気メニューを現代風にアレンジし、期間限定で提供する。創業以来のモットーは「事業は奉仕なり」。金儲けではなく、世間一般の中間層の人々が楽しめる場所を提供し、サービスに注力して会社を守っていく」という精神を受け継いでいます。

                               (出典:株式会社聚楽HP、Hotel Juraku「ことのは」、Wikipedia)

 

現在のホテル聚楽

須田町食堂1号店の位置

淡路町2丁目にあった須田町食堂本店

須田町食堂1号店