2026/06/09
JR飯田橋駅を降りて駅の南西側に富士見町教会があります。再開発されたこの一帯の中でも美しい景観を誇るこの教会は、実は日本基督教団に所属する教会として様々な歴史を経験しています。...
2026/06/02
先週は湯島天神と松住町のお話でしたが、今回はそのお隣りの湯島聖堂のお話です。 JR御茶ノ水駅から聖橋を渡るとすぐ右側にある湯島聖堂ですが、ここは何の施設だったのかご存じでしょうか?...
2026/05/26
先週の5/23,24と例大祭が行われた湯島天神ですが、今回はこの湯島天神と松住町会のお話です。 湯島天神(湯島天満宮)は、東京都文京区にあり学問の神様として知られる菅原道真公を祀っています。特に受験生や学問成就を願う人々に人気があり、多くの参拝者が訪れる名所です。また、美しい梅の花が咲くことでも有名です。...
2026/05/19
淡路町2丁目町会も夏になると開催している朝のラジオ体操ですが、今回はこのラジオ体操発祥の地のお話です。 JR秋葉原駅から総武線本線南沿いの狭い道を東に行くと、5分ほどで千代田区立佐久間公園に着きます。旧佐久間小学校跡地を公園にしたもので、この公園がラジオ体操会発祥の地です。 公園内にはラジオ体操発祥の地の碑があります。...
2026/05/12
去る2026年5月9,10日で例大祭が行われた太田姫神社ですが、正式な名称は、太田姫稲荷神社といいます。祭神は「宇迦之御魂神」です。 昔、京都の東南、山城国の一口(いもあらい)の里に宇迦之御魂神を祭神とした一口稲荷神社がありました。...
2026/05/05
JR総武線のお茶ノ水駅の新宿よりの次の駅は水道橋です。この水道橋、名前の通り江戸時代には神田川に上水道を架ける懸樋(かけひ)があったことが由来となっています。 徳川家康が江戸に入府してまず手掛けたのが上水道の整備でした。当時の江戸は日比谷まで海が入り込んでいて、井戸を掘っても塩の混じった水しか出なかったのです。...
2026/04/28
淡路町2丁目から東に800m くらい、秋葉原駅の南側、岩本町駅の近くの東松下町にお玉が池跡の標識があります。...
2026/04/21
神田神保町の町名は、江戸時代に現在のさくら通りにあった神保小路に由来します。さらに言えば、神保小路はこの道の南側に面してあった旗本の神保伯耆守の屋敷から名づけられました。神保家は元禄年間に、この地の使用を幕府から許可され、以来幕末まで屋敷を構え、かなり大身の旗本であったようです。神保伯耆守の屋敷を古地図でみると、現在の有斐閣から山形屋紙店のあたりではないかと推測されます。 江戸時代は江戸城に近い表神保小路がメインストリートでした。現在のさくら通りです。一方、横のすずらん通りはそれほど栄えていませんでした。更に、表神保小路の北を走る通りは裏神保小路と呼ばれました。現在の靖国通りです。いまでこそ神田神保町のメインストリートとして機能している靖国通りですが、江戸時代は裏道に過ぎなかったのです。 神田神保町が本の街になるのは明治初期頃です。当時書店は日本橋界隈に集中していましたが、大名・旗本屋敷跡に開成学校、東京英語学校、学習院など多くの学校が建てられたことから、学生が多く集まり教科書を中心に本の需要が高まった結果、本屋街へと成長しました。 神保町とその周辺には、大学・予備校が集中しています。明治・中央・法政・日大・専修の各大学は神田に集った各校として「神田5大学」と呼ばれていました。特に明治、中央、日大、専修が軒を連ねる街並みは、「日本のカルチェ・ラタン」と呼ばれました。 (出典:千代田区HP、Wikipedia、歴史文化探訪ラボ等)
2026/04/14
神龍小学校という名前の学校が、かつて千代田区にはありました。場所は現在の千代田区立スポーツセンター(総合体育館)の所です。校庭は日本橋川に面していました。 何故このようなかっこいい名前かと言うと、旧龍閑橋と神田橋のちょうど中間に建てられたため、両方の最初の文字を取ったためです。 神龍小は...
2026/04/07
淡路町2丁目から目と鼻の先にある秋葉原駅ですが、過去には引込み運河がありました。...