淡路町2丁目界隈の今昔 その17 千鳥ヶ淵と牛が淵

 淡路町界隈から少し離れますが、千代田区で桜の名所と言えば千鳥ヶ淵を思い出すかと思います。今日はその千鳥ヶ淵と牛が淵の話しです。

 両方とも「淵(ふち)」と名付けられています。江戸城のお堀なのに何故「濠(ほり)」ではなく淵なのでしょうか?

 「濠」は人工的に作られたもの、「淵」は自然の川や池を堰き止めた場所です。

そう、千鳥ヶ淵も牛が淵も、実は川をせき止めて作られたものなのです。

家康が江戸城を作る際にまず行ったのが飲料水の確保です。家康の時代は江戸城の東は日比谷入り江が拡がる海でしたので、井戸を掘っても塩分濃度が高く飲めませんでした。

 そこで、当時麹町方面を流れていた自然の川をせき止め。ダムを作って千鳥ヶ淵と牛が淵という貯水池を作ったのです。麹町方面から流れていた小川は現在の東郷元帥記念公園あたりから江戸城の方に流れていました。今は小川の明確な痕跡はありませんが、公園自体が斜面になっており標高の低い江戸城の方に流れ、乾門付近から江戸城内に流れていたようです。

 その後、神田上水が3代将軍家光の頃に整備され、1653年に玉川上水が完成し、やっと江戸の水不足は解消されていきます。

                                         (出典:Wikipedia 他)

 

千鳥ヶ淵の桜

千鳥ヶ淵と牛が淵は皮をせき止めて作られた貯水池だった

葛飾北斎作 牛が淵