淡路町2丁目界隈の今昔 その27 秋葉原駅と運河

 淡路町2丁目から目と鼻の先にある秋葉原駅ですが、過去には引込み運河がありました。

 秋葉原駅の開業は1890(明治23)年。ただし旅客扱いのない貨物専用の駅でした。当時は上野駅が東京側の終点として物流の拠点として栄えていましたが、需要が増え上野駅だけではさばききれなくなってきたため、貨物を効率的に扱う目的で秋葉原に貨物専用の駅をつくることにしたのでした。秋葉原という場所を選んだのは、すぐ南側を神田川が流れており、水運物流の利便性を考えての事でした。そのため、引込み式運河が採用され荷役岸壁や船溜まりが整備されました。

 運河は戦後埋め立てられその役割を終えましたが、運河の一部は秋葉原公園や佐久間橋児童遊園となり、道路わきには運河を跨いでいた佐久間橋の親柱が残っています。

 

 ちなみに、秋葉原駅辺りは、明治時代初期は日除け地として空き地でした。明治天皇の勅命でその地に1871年(明治3年)、鎮火三神を勧請して「鎮火社」が創建されました。しかし、江戸の街では火防の神として神仏混淆の秋葉権現が広く信仰を集めていたことから、鎮火社についても秋葉権現が祀られているものと人々が誤解して「秋葉社」「秋葉様」「秋葉さん」と呼び、火除地を「秋葉の原」「秋葉っ原」と呼んだことで、「秋葉原」の地名が誕生しました。

その鎮火社も、秋葉原駅の開業に伴い、1888年(明治21年)に台東区に遷宮して、秋葉神社となりました。

 

現在の地図での大体の位置

佐久間橋親柱