淡路町2丁目から東に800m くらい、秋葉原駅の南側、岩本町駅の近くの東松下町にお玉が池跡の標識があります。
このお玉が池は江戸時代初期、不忍池ほどの広大な池だったと言われていますが、江戸時代後期に埋め立てられ、現在はこの標識以外は全く痕跡は残っていません。名前は池のほとりの茶屋の看板娘・お玉が2人の男性からの愛情に挟まれて池に身を投げたという逸話に由来し、現在もお玉を祀る「お玉稲荷」の祠が残されています。
幕末にはここに北辰一刀流の開祖千葉周作の剣術道場「玄武館」があり、当時門人数千人と言われ江戸随一の道場でした。坂本龍馬、清河八郎、山岡鉄舟や新選組も隊員なども同門の出身です。「お玉が池」が玄武館のことを指すこともあったのだとか。また、朱子学者の佐久間象山もここで塾を開いていたなど、文武ともに人材が集まる場所だったようです。
幕末のこの界隈は、新時代を切り拓くために奔走した若き志士たちが、飛躍へむけ文武を練った場所だったのです。
(出典:千代田区HP、東松下町由来版 他)
江戸時代以前の神田周辺の地形
お玉が池の標識
お玉神社
